コロナ禍における子育て支援とは

新年度が始まりました。

しかし、コロナ禍は続いています。

新たな生活様式。

マスクは当たり前になりました。衣服の一つのように、またはアクセサリーのように、コーディネートしているお洒落な方も見かけます。

握手もハイタッチもしない。

正面を向いて話すとき、そこには透明なアクリル板があります。

慣れたようにも思えますが、いつかは元のように、マスクしないで、嬉しいときには握手やハイタッチをして、アクリル板無しで話したい。

コロナ禍は、ふれあいの貧困を生んだと思います。

それは、数値で表すことも、他の何かで表すことも難しいものです。

コロナ以前から、「孤育て」が言われるこの社会にあって、相談を待っていたり、教室事業への参加を待っていたりするだけでは、駄目だと思う。子育ちと子育てを、さらに積極的なアプローチで支える必要を感じています。

子どもたち、特に乳幼児にとって、周りの大人の顔がマスクで半分しか見えないことの影響も気になります。

ところで、与党が「こども庁」なるものの検討を始めるという。

子どもの権利条約を批准してから30年にならんとしていますが、子どもを巡る環境は、この30年で良くなったとは思えません。

いじめ、不登校、虐待、貧困・・・.。

検討に当たっては、必ずや、一人一人の子ども自身が権利の主体であること、そして、それが具現化されるための施策が打てる組織作りをと思います。

私も、子どもが「生きること」「育つこと」の意味を、あらためて、多くの人と確認していきたい。

その視点で、子どもの権利条例策定も進めていきます。